差別の根底に向き合う姿勢と努力

差別とは人の心から決してなくならないものだからこそ、正面から向き合う必要がある。表現を表面的に削るだけでは差別はなくならない

アジア人蔑視語を使用したバンドが勝訴漂白されていく日本では本当の意味で差別をなくせるのか?

週プレNEWS2017年07月23日より転載

週刊プレイボーイ本誌でモーリーロバートソンの挑発的ニッポン革命計画を連載中の国際ジャーナリスト、モーリーロバートソンがアメリカのロックバンドの商標登録をめぐる訴訟からみる差別問題について語る!

先日、アジア人に対するスラントつり目という蔑称をグループ名に使用したアメリカのロックバンドザスランツの商標登録をめぐる訴訟で、米連邦最高裁判所がバンド側勝訴の判決を下しました。差別的な言葉を、差別される側バンドメンバーはいずれもアジア系アメリカ人が肯定的な意味で使うのはというバンド側の主張が認められた形となります。

社会の断層が深まる現在のアメリカで、わざわざ差別表現を使う必要はないとの意見もあります。しかしその社会で差別的とされる表現を、臭いものにフタをするかのように封印したり、表面的な言い換えで漂白することが、本当に差別をなくすことにつながるとは思えません。

例えば、米奴隷制時代に黒人奴隷たちが口ずさんだスレイブソング。人の悲哀や苦しみ、それを乗り越えようとする明るさ、そして当時の労働者ならではの卑猥ひわいな言葉も飛び出す生しい歌詞。歴史の教科書には載らないエグさがそこにはあります。

実は、スレイブソングは長らく、白人のみならず黒人にとってもふり返りたくない負の遺産という色合いの濃いものでしたが、昨今では黒人たちの間で再評価する動きもあります。アフリカ大陸から強制的に連れてこられた祖先の魂の歌を知ろう。白人たちの罪を糾弾するためでなく、過去と向き合い、未来の差別をなくすためにーーと。

それを助けたのが、残された記録でした。19世紀の南北戦争前夜、こうした歌は後世に残すべきと考えた北軍現在のアメリカ合衆国側の知識人らは、南部の黒人奴隷に直接面談してスレイブソングを譜面に起こし、歌集として出版するなど歴史の保全に努めたのです。

翻ひるがえって、日本はどうでしょうか。戦後もしばらくの間、日本社会には様な差別がむき出しでした。僕が幼少期を過ごした昭和40年代も、子供が見るマンガやアニメには、東アジアの国などに対する差別意識、あるいは欧米に対するゆがんだ劣等感が生しく表出していたものです日米ハーフとして日本社会を生きていた僕は、より敏感にそれを感じ取ったのかもしれません。

しかし、時代を経るごとに日本の言論空間やメディアは漂白されていきました。24年前、作家筒井康隆氏の断筆宣言に至った日本てんかん協会との騒動は象徴的な事件ですが、それ以降も表現規制はがんじがらめになるばかり。今やテレビのプロデューサーから作家、芸術家、ミュージシャンまで、日本の表現者には問題を起こしたくないという体質が染み込んでいますし、近年では例えば妖怪人間ベムなど過去の名作アニメが再放送される際、多くのセリフにピー音が重ねられてしまうという事例もあります。

漂白されたコンテンツだけの社会が、本当の意味で差別をなくせるのか。今その社会で差別とされるものは時間の経過とともに消えていくかもしれませんが、しばらくすればまた別の差別の芽が顔を出すでしょう。差別とは人の心から決してなくならないものだからこそ、正面から向き合う必要がある。表現を表面的に削るだけでは差別はなくならない。それもまた、ひとつの真理なのだと思います。

モーリーロバートソン

1963年生まれ、米ニューヨーク出身。国際ジャーナリスト、ミュージシャン、ラジオなど多方面で活躍。フジテレビ系報道番組ユアタイム月〜金曜深夜にニュースコンシェルジュとしてレギュラー出演中!!ほかにレギュラーはザップ!スカパー!、モーリーロバートソンチャンネルニコ生、など

アジア人蔑視語を使用したバンドが勝訴漂白されていく日本では本当の意味で差別をなくせるのか?

週プレNEWS2017年07月23日より転載